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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)3807号 判決 1958年7月19日

原告 明治物産株式会社

被告 八木清

主文

被告は原告に対し金二、六七三、四二五円及びこれに対する昭和三二年五月二六日以降完済にいたるまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、原告が被告に対し執行金額の四分の一に相当する担保を供するときは、第一項に限り、仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

「一、原告は東京穀物商品取引所の会員で、かつ、商品仲買人登録簿に登録を受けた商品仲介人であるが、昭和三一年一月一六日より同年五月一一日にいたる間、被告が夏目友一名義及び曲田一郎名義をもつて原告に対してした穀物の売買取引委託にもとずき、同取引所市場において別紙<省略>第一(夏目名義の委託によるもの)、第二(曲田名義の委託によるもの)売買明細表の売買欄に黒字で記載してあるとおり小豆の売もしくは買付、及び大豆の買付を実行し、ついで右各建玉につき同年五月一二日までは被告の指示のもとに、また同年五月一四日には被告本人の指示をまたないで、それぞれ同取引所市場において別紙第一、第二売買明細表の売買欄に赤字で記載してあるとおりの買戻もしくは転売を行うことにより原告受託にかかる各売買取引を決済した。

二、(一) しかして原告が同年五月一四日に被告の委託建玉を処分したのは、被告の代理人町田四郎の承諾を得たことによるものである。すなわち、昭和三一年四月末頃から同年五月上旬にかけて、取引所市場における小豆の相場の変動により、被告の委託建玉に多大の損失が発生し、その建値を相場と比較して値洗を行つた結果、四月三〇日には二、八一四、二〇〇円の値洗差損金を生じ、五月一〇日には値洗差損金額は四、〇一四、八〇〇円に増大し、さらに同月一二日にはその額は四、〇二一、三〇〇円に達した。

ところで、東京穀物商品取引所制定の受託契約準則第一六条第一項及び第三項には、『委託者は委託した売買取引につき、委託売買値段とその後における単一約定値段との比較において、損益差引額の損失が委託本証拠金の百分の五十に達するごとに、委託者は商品仲買人の請求により、委託追証拠金をそのつど速かに差入れなければならない』旨規定されており、一方、当時被告は原告に対し委託証拠金充用証券として第一物産ほか八銘柄の株券二一、二〇〇株を二、〇五七、〇〇〇円の評価額で預託していたのみであつた。そこで原告はその頃被告に対し再三にわたつて前記値洗差損金額に相当する委託追証拠金の差入方を請求したところ、被告から本件委託取引によつて生じた損失の善後策を講ずることを一任されていた町田四郎が、被告において追証拠金差入の資力がないことを理由として、五月一四日に被告を代理して原告に対し、被告の委託建玉全部を処分して取引を手仕舞うことの承諾を与えたのである。

(二) 仮りに町田の右承諾が同人の代理権の範囲を超えた行為であつたとしても、同人は、被告がその父清兵衛とともに経営しており、かつ、東京砂糖取引所の会員である株式会社和興の取締役で、いわば被告と深い信頼関係にある商品相場の専問家であるから、原告は右の事実にもとずき町田において被告の本件取引委託に関する一切の代理権限を有するものと信じた次第であつて、原告がかように信じたことについては、まさに正当の理由があつたというべきである。

三、仮りに町田の前記承諾が被告本人に対しなんらの効果も及ぼしえないとしても、東京穀物商品取引所制定の前記受託契約準則第二五条には、「委託者が委託証拠金の預託を怠つた場合においては、商品仲買人は委託建玉の全部又は一部を処分することができる」旨の定めがあり、被告は、前項記載のように原告からしばしば追証拠金差入の請求をうけながら、その請求に応じなかつたのであるから原告は同準則第二五条に従つて被告の承諾の有無を問わず、任意に被告の受託建玉を処分することができたわけである。したがつて前項及び本項のいずれの理由によつても、被告は原告が五月一四日に決済を結了した売買取引によつて生じた損失を負担することを拒みえない。

四、請求原因第一項記載の売買の結果、別紙第一売買明細表記載の夏目名義の委託取引については売買差損金四、七三四、二〇〇円及び売買手数料合計五七〇、四四〇円を生じたが、これに対し被告から昭和三一年三月二七日に一、〇〇三、〇四〇円及び同年五月一〇日に四二六、四四〇円の損金支払があり、なお同日曲田名義の勘定から益金六四六、〇〇〇円を繰り入れたので、差引三、二二九、一六〇円の清算損失金を生じ、別紙第二売買明細表記載の曲田名義の委託取引については売買差損金八三六、二〇〇円及び売買手数料合計五五三、一二〇円を生じたが、原告は被告に対し同年三月二七日に一九六、二〇〇円の中間益金払を行い、かつ、同年五月一〇日に被告との間の合意により六四六、〇〇〇円の益金を夏目名義の勘定に振り替えたので、以上の額だけ益金が減少する理であるから、これを売買差損金額に加算し、結局二、三三一、五二〇円の清算損失金を生じた。

その後、原告は委託証拠金充用証券として被告から預託を受けていた請求原因第二項(一)記載の株券を売却して二、八八七、二五五円を得たので、これを前記各清算損失金の弁済の一部に充当した。そこで、被告に対し、以上の各清算損失金の残額二、六七三、四二五円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和三二年五月二六日以降完済にいたるまでの商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。」

と陳述し、被告の抗弁に対し、

「原被告間に手数料割戻の約定があつたことは認めるが、その趣旨は被告が本件委託取引によつて生じた原告に対する計算金の支払義務を確実に履行した場合には、原告において被告に対し、被告から受け取つた手数料の一部を贈与するということであつて、本件のように被告が支払義務を履行しない場合には、原告に対し手数料割戻を請求する権利は生じない。」と述べた。

被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として、

「一、請求原因第一項の事実は認める。

二、同第二項(一)のうち東京穀物商品取引所制定の受託契約準則第一六条に原告主張の内容の定めがあること及び被告が原告に対し委託証拠金充用証券として原告主張の株券を預託していたことは認めるが、被告が原告から委託追証拠金の差入の請求をうけた事実及び訴外町田四郎が原告主張の日時頃被告を代理して原告に対し被告の委託建玉を処分することの承諾を与えた事実は否認する。なお、被告は、昭和三一年五月一〇日頃、本件委託建玉のうち売又は買のいずれか一方を手仕舞つて建玉を整理するについての参考のために、町田に対して、原告会社の社長に会つて今後の相場の見とおしを聴いてくるように命じたことはあるが、これは町田に対して被告の委託建玉の処分に関する代理権を授与したものではない。

同第二項(二)のうち、町田が被告父子の経営する株式会社和興の取締役であつて、被告の父清兵衛の使用人である事実だけは認めるが、その余の事実は否認する。

三、同第三項のうち、前記受託契約準則の第二五条に原告主張の内容の定めがあることは認めるが、被告は前記のとおり原告から委託追証拠金の差入の請求を受けたことがないから、原告は同準則第二五条によつて一方的に被告の委託建玉を処分することはできない。

したがつて、原告が五月一四日にした被告の委託建玉の総手仕舞によつて生じた損失は、被告において負担すべき筋合のものではない。

四、同第四項のうち、被告が原告に対し原告主張の二回の入金をしたこと及び原告から原告主張の益金の支払を受け、かつ曲田名義の益金を夏目名義の損金に繰り入れたことは認めるが、その他の原告主張事実は争う。

五、なお、本件委託取引については原告において売買手数料の三割五分に相当する金額を被告に返還するという約定があつたから、原告が請求する手数料中三割五分に相当する金額は、これを控除すべきである。」

と述べた。

証拠として、原告代理人は甲第一号証の一ないし一一、同第二号証の一ないし一二、同第三号証の一ないし五、同第四号証の一ないし三、同第五号証を提出し、証人秋葉勝男、同飯島好雄、同松本圭二、同赤坂広一の各証言を援用し、「乙号各証の成立を認める」と答え、被告代理人は乙第一ないし第四号証を提出し、証人町田四郎の証言ならびに被告の本人尋問の結果を援用し、「甲第一号証の一ないし一一、同第二号証の一ないし一二、同第五号証の成立は認めるが、その余の甲号各証の成立は不知である」と答えた。

理由

一、請求原因第一項の事実は当事者間に争がない。この事実からすれば、原告は、別紙第一、第二売買明細表記載の各取引中、昭和三一年五月一二日までに決済を終了した売買取引によつて生じた売買差金を被告の計算に帰属せしめ得るものというべきである。

二、原告は、昭和三一年五月一四日に原告が被告の委託建玉を処分するについては、被告の代理人町田四郎の承諾があつた旨主張するので、以下、この点について考えてみることとする。

(一)、成立に争ない甲第一号証の一ないし一一、同第二号証の一ないし一二に証人秋葉勝男、同赤坂広一の各証言、及び被告の本人尋問の結果を綜合すると、東京穀物商品取引所市場における小豆の相場は、昭和三一年三、四月頃には一俵四、五千円台であつたのが、四月下旬から五月上旬にかけて次第に騰貴し、五月限六月限とも六千円台を告げ、なおも続騰の気配をみせていたが、被告は四月から五月にかけて主として買にまわつたものの、被告の委託建玉中には三、四月中に一俵四、五〇〇〇円台で売り付けた五、六月限の玉が多かつたため、全建玉を総計しても相当多額の値洗差損金を生ずるにいたつたことが認められる。しかして、四月三〇日、五月一〇日、及び五月一二日当時における値洗差損金額がそれぞれ原告主張の額であることは、被告において明らかに争わないところである。

(二)、同取引所制定の受託契約準則第一六条第一項及び第三項に原告主張の内容の定めのあることは当事者間に争なく、この受託契約準則は、商品取引所法第九六条第一項の趣旨よりすれば、当事者間にこれによらない旨の特約のないかぎり、本件取引の委託にもその適用があると解すべきところ、被告は昭和三一年四月末から五月上旬にかけて、原告に対し委託証拠金充用証券として第一物産ほか八銘柄の株券二一、二〇〇株を差し入れていたことは当事者間に争なく、その評価額が二、〇五七、〇〇〇円であつたことは被告の明らかに争わないところであるから、昭和三一年四月三〇日以降、被告において本件委託取引につき追証拠金を差し入れなければならない状態にあつたことが明らかである。(もつとも、五月一日から同月九日までの間における毎日の値洗差損金発生の状況は、これを明確にすべき資料がないけれども、前段(一)認定の事実から推測して、反証のないかぎり、値洗差損金額が前記委託証拠金充用証券評価額の百分の五十を下ることはなかつたものと認められる。)

(三)(1)  被告の本人尋問の結果によると、被告は昭和三一年五月七、八日頃までは被告が社長をしている株式会社和興の事務所に出社していたこと、及びその間しばしば原告会社の社員飯島好雄が本件委託取引の事務連絡のため和興の事務所を訪れて被告と面会した事実のあることが認められるが、この事実に証人飯島好雄、同赤坂広一の各証言によつて認められるように原告会社の追証拠金係の赤坂広一は昭和三一年五月になつてから被告に追証拠金差入の請求をするため、当日の被告の委託建玉の値洗の結果を記載した計算書を同僚の飯島好雄に託してこれを被告のもとに届けさせたことがたびたびあつた事実、ならびに飯島は右計算書を届ける以外の用件で和興の事務所を訪れたことがなかつた事実を考えあわせれば、被告は、昭和三一年五月一日以降少くとも五月七、八日頃までの間に原告から数回にわたり委託建玉について値洗差損金の発生の事実及びその数額の通知をうけたことを認めることができ、さらに証人赤坂広一の証言によると、赤坂広一は五月になつてから電話で二、三回ほど、また被告が原告会社の事務所に来たさいに直接口頭で、それぞれ被告に対し当日の被告の委託建玉の状況を説明したことを認めることができる。被告本人の尋問の結果中、以上の各認定に牴触する部分は前掲各証人の証言に照らして措信できない。また成立に争ない乙第四号証は、原告から被告に対する昭和三一年四月三〇日附の請求書で、同号証中には同日当時の被告の委託建玉の値洗差損金額の記載がないが、この請求書は同月二八日までの清算損失金の請求書であることがその記載自体から明白で、値洗差損金額の通知と清算損失金の請求とはかならずしも同一機会になされるべきものではないから、同号証をもつてしても前認定を覆えすに足りない。

(2)  そして、証人赤坂広一及び同松本圭二の各証言によれば、被告は先物取引の事情に通じている者であるから、値洗差損金額さえ判明すれば、委託追証拠金差入の必要性及びその金額を十分に認識しえたものであること、従つて原告会社係員としては、被告に対し、いくばくの追証拠金を差入れてもらいたい旨明示しなくても、当然被告においてこれを差入れることを期待して、追証拠金の請求にあたり値洗差損金額、あるいはその算出の基礎となるべき当日の市場値段と被告の委託建玉の建値との関係を通知するにとどめたものであることが認められるから、この通知は、とりもなおさず、値洗差損金額に相当する委託追証拠金の差入の請求にほかならないというべきである。

(3)  もつとも、弁論の全趣旨に被告の本人尋問の結果をあわせると、原告は、被告から取引委託をうけるさいには、取引所の規則に定められているよりもはるかに低額の委託本証拠金(委託証拠金充用証券)の差入をうけることで満足して委託された売買を実行していたことが認められるから、右事実から考えると後日原告が被告に対して委託本証拠金の不足額の通知をしたとしても請求の意思が明白に表明されていないかぎり、ただちにこの通知をもつて委託本証拠金の差入の請求であると解しうるか疑問であるが、それだからといつて、値洗差損金が生じた場合にこの損金額の通知をしたときにも、この通知をもつて委託追証拠金の差入の請求と解しえないという議論は成り立たない。けだし、仲買人が委託者から取引委託を受けるさいに本証拠金を預託させるのも、受託した売買を実行した後に相場の変動によつて値洗差損金が生じたさいに委託者に追証拠金を預託させるのも、その目的はひとしく将来売買結了にあたり生ずる虞れのある損失の担保とすることにあるけれども、その損失発生の虞れの程度たるや、両者の間においては雲泥の相違があり、前者においては抽象的な危険、すなわち一応の可能性があるにとどまるのに反し、後者においては具体的な危険、すなわち高度の可能性があるから、証拠金差入の必要性も、これに対応して考察しなければならないからである。

(四)、成立に争ない甲第五号証、証人秋葉勝男、同赤坂広一の各証言に証人町田四郎の証言の一部を綜合すると、原告は昭和三一年五月になつてから前認定のとおり被告に対ししばしば追証拠金の差入を請求していたところ、五月一四日の取引所の立会開始前に、被告の代理人と称する訴外町田四郎が原告会社事務所を訪れ、係員赤坂広一から被告の委託建玉の状況につき事情をきいたうえ、赤坂に対し、被告は追証拠金を差し入れることができないが今後も面倒を見てもらえないかと頼んだところ、赤坂が追証拠金を入れてくれないかぎり建玉を維持することはできないと断つたので、町田はやむをえないから建玉を手仕舞つてくれと言いおいて帰つたこと、そこで赤坂は右の顛末を原告会社の社長と営業部長に報告した結果、前認定のとおり原告は同日被告の委託建玉全部を処分するにいたつたことが認められ、右の町田と赤坂の会話からみて、町田のいう手仕舞なるものが、被告の委託建玉の総手仕舞の意味であつたことは極めて明らかである。証人町田四郎の証言中、以上の認定に反する部分は右認定の資料に供した証拠に此べれば、とうてい措信するをえない。

(五)、そこで果して町田において被告を代理して原告に対し右のように被告の委託建玉の総手仕舞を承諾する権限があつたかどうかを検討するに、証人町田四郎の証言(後記措信しない部分を除く)によると、同人は、被告から、原告に委託した取引で損金がでたので、原告会社に行つて事情を聴いたうえで何とか損を軽くするように善後策を講じてもらいたい旨の依頼をうけたので前認定のように原告会社事務所を訪れたものであることを認めることができ、被告は右依頼は町田に対しなんらの代理権を与える趣旨のものではない旨抗争するけれども、この主張に符合する被告の本人尋問の結果はとうてい措信し難く、いやしくも善後策を講ずるというからには、町田に対し原告を相手方として本件委託取引に関し被告を代理してなんらかの法律行為をすることを委任したものと解すべきは当然である。

そして、さきに認定した第二項(一)(二)(三)の事実に徴すれば、「損を軽くするための善後策」とは、原告に委託した建玉をこのまま維持するときは、多額の委託追証拠金を差し入れなければならないのみか、限月に多額の確定損金を生ずる公算があるので、機をみはからつて適宜建玉を手仕舞うことを意味するものと解するのほかはなく、また、手仕舞うべき建玉の種類及び範囲についても、なんらの制限がなかつたものと認めるのが相当である。この認定に反する証人町田四郎の証言部分ならびに被告の本人尋問の結果は採用できない。

もつとも、この点につき損失を軽減するためには売もしくは買のいずれか一方の委託建玉を手仕舞えば足りるのではないかという疑を生ずるであろうが、被告の本人尋問の結果の一部によると、被告が町田に前記の依頼をしたのは五月一〇日頃のことであつたことが認められるところ、第一項認定の事実に徴すれば、五月一〇日頃の被告の委託建玉の主力を占めていたのは三、四月中に一俵四、七〇〇円ないし五、八〇〇円で売り付けた五、六月限の小豆と、四月下旬から五月上旬にかけて、続騰を見込んで一俵六、〇〇〇円ないし七、〇〇〇円で買い付けた五、六、七月限の小豆であつたことが認められ、なお五月一〇日頃の当日値段は、これを正確に認定することはできないが、成立に争ない甲第一号証の七、一〇、及び一一、同第二号証の八、一〇、及び一二の記載から推して五、六月限ともおおよそ六、二〇〇円ないし六、五〇〇円位のものと推定されるうえに、その頃は相場が続騰の形勢から一転して多少下落気味であつたことが被告の本人尋問の結果に徴して明らかであつて、売もしくは買のいずれか一方のみの委託建玉を手仕舞うことが、今後の損失の発生を軽減する唯一確実な手段であつたものとも解せられないから、この疑問があるからといつて、前認定を動かすことはできない。

そうだとすると、被告は、町田に前記依頼をすることにより、同人に対し、被告の委託建玉の処分を原告に指示する代理権を与えたものというべきで、処分の時期及び処分すべき建玉の種類及び範囲に関しても、これをことごとく町田の一存に委せたものと解しなければならない。したがつて町田が原告会社の係員赤坂広一に対してなした被告の委託建玉の総手仕舞の承諾は、完全に町田の代理権の範囲内に属する行為であつたといわざるを得ない。

(六)、以上の説明によつて明らかなとおり、原告の爾余の主張につき判断するまでもなく、原告は、別紙第一、第二売買明細表記載の各取引中、昭和三一年五月一四日に決済を結了した売買取引によつて生じた売買差金も、これを被告の計算に帰属せしめ得るものというべきである。

三、第一項認定の事実からみれば、別紙第一、第二売買明細表記載の各売買によつて、同表仕切損益欄記載の売買差益金及び損金を生じ、その差引合計額が夏目名義の勘定では四、七三四、二〇〇円の損金となり、曲田名義の勘定では八三六、二〇〇円の損金となることは、計数上明らかである。つぎに、売買手数料の点について按ずるに、成立に争ない甲第一号証の一、三ないし一一と同第二号証の一、三、五ないし一二によると、別紙第一、第二売買明細表記載の各売買により、同表の手数料欄に記載してあるとおりの売及び買手数料を生じたことを認めるに足り、これを総計すると夏目名義の勘定では五七〇、四四〇円、曲田名義では五五三、一二〇円となることが明らかであるが、この売買手数料は、原告が仲買人として当然被告に対し請求しうる報酬であるところ、被告は、本件委託取引については売買手数料の三割五分に相当する金額の割戻の約定があつたから、右売買手数料中三割五分に相当する金額は、これを控除すべき旨主張するので、この抗弁の当否を考えてみると、原被告間に手数料割戻の約定があつたことは当事者間に争なく、その割戻率が三割五分の定めであつたことは、原告の明らかに争わないところである。しかし、証人秋葉勝男の証言によると、手数料の割戻なるものは、顧客が仲買人の請求に応じ清算金の支払を確実に了したときに、これに対する謝礼の趣旨で仲買人が顧客から受取つた売買手数料の一部を返還することを指称し、あらかじめその割戻率を顧客と約束しておくのであるが、そのさい、とくに明示しなくても、顧客が後日清算金の支払に応じないときは割戻をしない業界の慣行があることが認められるから、反証のないかぎり本件においても右の趣旨で手数料割戻の約がなされたものと認めるべきである。しかして、この認定を覆えすに足る証拠はない。すると、被告の清算金支払義務の履行は原告の手数料割戻と先給付の関係にあるものというべきであるから、被告は原告に対し、売買手数料の一部控除を請求しうべき筋合のものではない。被告の抗弁は失当である。

なお、被告が夏目名義の勘定の清算金として、原告に対し、原告主張の日時に一、〇〇三、〇四〇円及び四二六、四四〇円を支払つたこと及び曲田名義の勘定からの益金六四六、〇〇〇円を夏目名義の勘定に振り替えたことは当事者間に争ないから、夏目名義の勘定については、差引三、二二九、一六〇円の清算損失金を生じたことが明瞭であり、また、原告が曲田名義の勘定から原告主張の日時に被告に対し一九六、二〇〇円の益金を支払い、かつ、六四六、〇〇〇円を前記のとおり夏目名義の勘定に振り替えたことも当事者間に争がないから、以上の金額は売買差損金額に加算すべきものであつて、結局、曲田名義の勘定については二、三三一、五二〇円の清算損失金を生じたものであることが明瞭である。

しかるところ、証人松本圭二の証言によつて成立を認めうる甲第三号証の一ないし五、前掲甲第一号証の二及び同第二号証の四によると、原告は昭和三一年五月下旬頃、かねて被告から委託証拠金充用証券として預託を受けていた第二項(二)認定の株券を日栄証券株式会社において処分することにより、合計二、八八七、二五五円の売得金を領収し、これを夏目及び曲田名義の各勘定における清算損失金の弁済の一部に充当したことが認められるから、結局、原告が被告に対し支払を請求しうべき立替金及び報酬の額は、夏目及び曲田名義の各勘定における清算損失金の合計五、五六〇、六八〇円から前記売得金額を差し引いた二、六七三、四二五円であるという結論に到達する。

四、よつて、被告に対し右金員及びこれに対する本訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和三二年五月二六日以降完済にいたるまでの商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求は正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小川善吉 中川幹郎 近藤浩武)

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